結論:賃貸物件の購入は「取得時期」とセットで考える時代になります
令和8年度税制改正大綱により、課税時期(相続・贈与の時)前5年以内に購入・新築した貸付用不動産は、路線価等ではなく市場価格に連動した「通常の取引価額」で評価される見込みです。適用は令和9年1月1日以後の相続・贈与からとされています。
賃貸不動産を使った相続税対策は、今後「取得から5年が経過して初めて本来の効果を発揮する」ものになります。つまり、元気なうちに着手しなければ間に合わない——これがこの改正の実務的な意味だと私は見ています。
なぜこの改正が行われるのか
賃貸不動産の相続税評価は、これまで路線価方式や固定資産税評価額をベースに、貸家建付地・貸家としての評価減を重ねることで、市場価格より大幅に低くなるのが一般的でした。この「市場価格と評価額の乖離」を利用した行き過ぎた節税に対しては、令和4年4月19日の最高裁判決(通達評価と鑑定評価の乖離が約4倍だった事案で、国税当局による時価評価を適法と判断)以降、是正の流れが続いています。
令和5年度には分譲マンション(居住用の区分所有財産)の評価方法が先に見直され、令和6年1月1日以後の相続等から適用されています。今回の貸付用不動産の見直しは、その延長線上にある措置と位置付けられています。
改正の中身:2つの類型
令和8年度税制改正大綱(令和7年12月26日閣議決定)では、次の2類型が示されています。
① 直接保有型——課税時期前5年以内に対価を伴う取引により取得または新築した一定の貸付用不動産は、通常の取引価額(市場価格相当)で評価するとされています。ただし課税上の弊害がない場合には、取得価額を基に地価変動等を考慮して計算した価額の80%で評価できる、という条件付きの緩和も示されています。
② 小口化商品型——不動産特定共同事業契約や信託受益権を通じて保有する貸付用不動産(いわゆる不動産小口化商品・不動産クラウドファンディング等)は、取得時期を問わず通常の取引価額で評価するとされています。
適用は令和9年1月1日以後に相続等により取得する財産の評価からです。なお、経過措置として、通達に定める日の5年前から所有している土地にその日までに新築した家屋(建築中を含む)には①を適用しないこととされています。
注意点:まだ「確定」ではありません
第一に、この改正の詳細を定める国税庁の通達は、本稿執筆時点(2026年7月)でまだ公表されていません。「貸付用不動産」の具体的な範囲や、80%評価の計算方法などは通達待ちであり、現時点では未確定です。
第二に、「5年」の判定は土地と建物で別々に行う必要があると考えられます。たとえば土地は先祖代々の所有でも、建物だけ最近新築したケースでは、建物側が対象になり得ます。
第三に、②の小口化商品型は取得時期を問いません。「5年待てば安全」という理解は、直接保有の場合にしか当てはまらない点にご注意ください。
第四に、80%評価は「課税上の弊害がない限り」という留保付きです。無条件に使える簡便法ではないと考えられます。
実務ではこう見ています
この改正で最も重い意味を持つのは、金額の基準ではなく「5年」という時間の壁だと考えています。
相続対策の相談が本格的に動き出す典型的なきっかけは、ご本人の体調の変化です。健康なうちは誰しも相続を先送りにしがちで、病気が見つかって初めて具体的な検討が始まる——これが実務の現実です。ところが新しいルールの下では、そこから賃貸物件を取得しても、5年以内に相続が発生すれば評価の圧縮効果は働きません。制度の要件と、人が対策を始める心理的なタイミングが、構造的にすれ違っているのです。
もう一点、見落とされがちなのが建物側への影響です。この種の改正は地価の高い都市部の話と受け取られがちですが、地方圏では時価と路線価の乖離がもともと小さく、土地側の圧縮効果は限定的でした。実務で大きく効いてきたのは、むしろ固定資産税評価額をベースとする建物の評価です。今回の見直しは新築・取得した建物にも及ぶため、都市部の富裕層だけの問題と捉えるのは正確ではない、というのが私の見方です。
だからこそ、結論はシンプルです。相続税のご心配がある方は、健康で判断力のあるうちに——目安として60代のうちに——対策へ着手しておくことが、これまで以上に重要になります。
まとめ
- 令和9年1月1日以後の相続・贈与から、取得後5年以内の貸付用不動産は市場価格ベースの評価になる見込みです
- 小口化商品を通じた保有は取得時期を問わず対象とされています
- 詳細は通達待ちのため、進行中の対策は確定情報を踏まえて最終判断するのが安全です
- 不動産による相続対策は「早期着手」が前提の時代になります
当事務所では、相続を見据えた資産評価・対策のご相談を承っています。今回の改正がご自身の状況にどう影響するか気になる方は、お気軽にお問い合わせください。
出典:財務省「令和8年度税制改正の大綱」(令和7年12月26日閣議決定)p.52-53/最高裁令和4年4月19日第三小法廷判決/国税庁「居住用の区分所有財産の評価について」(令和5年9月28日付法令解釈通達)