非上場株式の評価が60年ぶりに変わる ― 過去の事業承継対策が無力化する可能性

結論

2026年8月20日、国税庁の「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」第5回会合で、非上場株式の評価見直しのたたき台が示されました。会社規模の区分を廃止し、簿価純資産に収益力を加減する単一の方式へ移る方向です。

実務上いちばん重要なのは、過去に実行した事業承継対策の効果が失われる可能性があることです。株式を後継者に移転済みなら影響はありません。評価を下げただけで株式を動かしていない場合は、改正後の評価額で課税されます。

適用は令和10年(2028年)1月からとの見方が報じられています。国税庁が時期を公表したわけではありませんが、準備に要する期間を考えると猶予は長くありません。

現行は会社規模ごとに3つの評価方式に分かれているが、見直し後は規模の区分をなくし残余利益方式に一本化する方向 現行 大会社 類似業種比準方式 中会社 併用方式 小会社 純資産価額方式 見直し後(たたき台) 会社規模の区分なし 残余利益方式 簿価純資産 ± 数年分の超過収益 (マイナスの場合を含む)

何がどう変わるのか

たたき台で示された方向性は4点です。

論点国税庁が示した方向性
評価体系規模別の区分を廃止し、広範の企業を共通の評価方式で評価する
類似業種比準方式理論的な根拠や実証的な裏付けがなく、存置は困難ではないか
純資産価額方式清算を前提とした「時価」ではなく、継続を前提として「簿価」を用いる
評価の主軸企業の収益力を重視するインカムアプローチへ

現行制度と並べると、次のようになります。

項目現行見直し後(たたき台)
会社規模区分大会社・中会社・小会社(評価通達178)廃止
評価方式大会社は類似業種比準、中会社は併用、小会社は純資産価額(評価通達179)残余利益方式に一本化
純資産の把握相続税評価額(時価)。土地は一筆ごとに評価帳簿価額(簿価)
収益力の反映比準要素を通じて間接的残余利益として直接反映
純資産価額方式原則的評価方式の一つ資産管理会社等「特定の評価会社」向けに存置
配当還元方式少数株主に広く適用(評価通達188-2)存置するが、適用株主の範囲を見直し
必要資料申告書・路線価評価・業種目判定など多数直前期末の貸借対照表と過去数年分の損益計算書等

新しい評価方式のかたち

たたき台の残余利益方式は、「持っている資産」と「稼ぐ力」の2つで評価額を組み立てます。

残余利益方式は簿価純資産に数年分の超過収益を加減して株式評価額を算出する ① 簿価純資産 直前期末の貸借対照表 ± ② 数年分の超過収益 過去数年の平均利益から算定 株式の 評価額 収益力が期待収益率を上回る会社 → 簿価純資産を上回る評価 赤字・低収益の会社 → 簿価純資産を下回る評価

計算のしくみ

①の簿価純資産は、直前期末の貸借対照表の純資産をそのまま使います。土地を路線価で洗い替える作業は不要です。昔から使っている事業用の土地も、帳簿価格のままで評価されます。

②の超過収益は、企業が通常期待される利益を上回る金額(残余利益)の数年分とされています。過去数年間の平均利益から計算するため、単年度の業績のブレや恣意的な利益操作の影響を受けにくい設計です。

稼ぐ力が期待収益率を上回っていれば簿価純資産より高く、下回っていれば低く評価されます。赤字が続く会社は、簿価純資産を下回る評価になります。

まだ決まっていない数字

  • 反映年数は未定です。たたき台には「有識者からは5年分が良いのではないかという意見があった」との注記があります
  • 期待収益率はCAPM(資本資産価格モデル)で算定するとされるのみで、具体的な水準は示されていません

必要な資料は2種類だけ

株価の計算に必要なのは、直前期末の貸借対照表と過去数年分の損益計算書等のみとされています。複雑な業種目判定や1株当たり資本金の調整、土地の一筆評価はいずれも不要になります。評価実務の負担は大きく軽減されると考えられます。

なぜ見直されるのか

きっかけは会計検査院の指摘

発端は、会計検査院が令和5年度決算検査報告(2024年11月公表)で示した指摘です。国税庁も令和4・5年分の申告700社で追試を行い、同じ傾向を確認しました。

国税庁の追試(対象700社)結果
1株当たり類似業種比準価額の中央値9,705円
1株当たり純資産価額の中央値37,166円
両者の比率約26.1%
比率が0.5倍未満の会社77.6%

同じ会社でも、使う方式によって評価額が4倍近く違う。この乖離が、会社規模の操作などの租税回避を生んでいるというのが見直しの理由です。

配当が「ものさし」として機能していない

乖離の主因のひとつが配当です。追試対象700社のうち577社(82.4%)は、評価直前の2期とも配当を支払っていませんでした。

類似業種比準方式は配当・利益・純資産の3要素で上場企業と比べる仕組みですが、配当がゼロだと計算上の分子が実質的に3分の2になります。利益と純資産が上場平均と同水準でも、大会社で類似業種平均株価の0.47倍、中会社で0.40倍、小会社で0.33倍にとどまる構造です。

「株高だから自社株評価も上がっている」は事実と少し違う

意外に思われるかもしれませんが、近年の株高は非上場株式の評価をあまり押し上げていません。第4回議事要旨で示された指数がこれです。

指標(平成30年末=100とした令和7年末)指数
日経平均251.5
TOPIX(終値)228.2
類似業種の株価A140.0
類似業種の配当B204.3
類似業種の利益C159.4
類似業種の純資産D156.7

計算式の分子側にあたる株価Aより、分母側の配当B・利益C・純資産Dのほうが大きく伸びています。評価会社の要素を固定した試算では、類似業種比準価額はむしろ平成30年より1〜2割下落し、比較可能な112業種のうち7〜8割で評価額が減少したとされています。

株価に連動しているようで、していない。予測可能性の低さも、この方式が見直される理由のひとつです。

過去の事業承継対策はどうなるか

ここが本記事でいちばんお伝えしたい部分です。分かれ目は、株式が承継予定者に移転しているかどうかです。

評価引下げ対策を実行しても株式を移転していなければ改正後の評価額で課税される 評価を下げる対策を実行したあと、株式をどうしたか 対策のみ実行 株式は現経営者が保有したまま 改正後の評価額で課税 対策のやり直しが必要になる可能性 株式の移転まで完了 贈与・譲渡等で後継者へ承継済み 移転時の評価で完結 今回の見直しの影響を受けない

移転まで済んでいれば、その時点の評価で課税関係は完結しています。新しい評価方式が入ってきても、さかのぼって影響することはありません。

一方、評価を下げる工夫だけを実行し、株式はご自身が持ったまま――この場合、将来の相続や贈与で課税されるのは改正後の評価額です。せっかく下げた評価は、使わないまま消えてしまうことになります。

対策を「実行した」ことと、その効果を「確定させた」ことは別なのです。

持株会社を使った対策への影響

持株会社(HD)を使った評価圧縮は、かなりの部分が機能しなくなる可能性があります。ただし、型によって効き方が違います。

対策の型見直し後の見通し理由
HDを大会社化して類似業種比準方式を適用機能しなくなる規模区分そのものが廃止される方向
子会社に資産・利益を移して親会社の評価を下げる機能しなくなるグループ全体で評価する方向
HDに債務を積んで純資産を圧縮機能しなくなる同上。グループ内の債権債務は相殺される
借入で賃貸不動産を取得し3年経過を待つ前提が失われる簿価ベースでは取得価額との差が生じない
株主構成を操作して配当還元方式を作出大幅に制限適用株主の範囲を整理する方向
資産管理会社を挟む逆風の可能性純資産価額方式の対象として存置される方向

なかでも影響が大きいのが、完全支配関係にあるグループ法人はグループ全体として評価するという方向性です。第4回議事要旨では、事務局が「連結財務諸表と同様のグループ全体の企業価値の総額を算出・評価する方法に見直したり」と説明しています。

現行は親会社単体で評価するが見直し後は完全支配関係のグループ全体で評価する方向 現行 持株会社 資産・利益を移転 子会社 持株会社の単体の数値だけで評価される 見直し後(たたき台) 持株会社 子会社 グループ全体をまとめて評価する方向

子会社に資産や利益を落としても、グループ全体で見れば評価額は変わらない。親会社単体で評価するという現行の建付けそのものが変わるため、この型の対策は根本から効かなくなります。

なお、持株会社という形態そのものが否定されるわけではありません。議決権の集約や経営統合といった機能は、この見直し後も変わらず残ります。失われるのは評価を圧縮する効果です。

影響は会社によって逆になります

一律に増税という話ではありません。第4回議事要旨で事務局は「全体として相続税の増税を目的で行うものではない」と説明しています。

会社の類型評価額の向き理由
高収益・低純資産の事業会社上がる方向類似業種比準による圧縮が消え、超過収益が加算される
含み益の大きい不動産を持つ事業会社下がる可能性純資産の把握が時価から簿価に変わる
低収益・赤字の事業会社簿価純資産を下回る残余利益がマイナスとなり減額される
資産管理会社・持株会社上がる方向純資産価額方式の適用とグループ全体評価
配当還元方式の適用範囲の見直し対象外となる株主が出れば大きく上がる誰が対象外になるかは未提示。整理の狙いは株主構成の操作への対応
評価額が上がる方向の会社と下がる方向の会社の整理。高収益の事業会社や資産管理会社は上がる方向、含み益のある不動産保有会社や赤字会社は下がる方向 評価額が上がる方向 高収益・低純資産の事業会社 超過収益が加算される 資産管理会社・持株会社 純資産価額方式とグループ全体評価 配当還元の対象外となる株主 原則的評価方式に移行した場合 評価額が下がる方向 含み益のある不動産を持つ会社 時価から簿価に変わるため 低収益・赤字の会社 残余利益がマイナスとなり減額 ※ どちらに動くかは、簿価純資産の水準と 収益力が期待収益率を上回るかで決まる

自社がどちら側かは、簿価純資産の水準と、収益力が期待収益率を上回っているかでおおむね決まります。まずここを把握することが出発点です。

現時点で確定していないこと

たたき台は骨子であり、算式や数値は示されていません。第5回資料の該当スライドの表題も「“仮に”残余利益方式(簿価純資産ベース)を採用した場合の評価方法のイメージ」となっています。

未確定の事項現状
超過収益の反映年数「5年分が良いのではないか」との意見の注記のみ
期待収益率の水準CAPMで算定するとされるのみ
「特定の評価会社」の範囲資産管理会社を含む方向。判定基準は今後
グループ全体評価の具体的な方法方向性のみ。実務的な手当てはこれから
適用開始時期国税庁の公表なし。令和10年1月からとの報道
経過措置の有無未定

第4回議事要旨では、複数の委員から「一定程度のリードタイムが混乱防止のためにも確実に必要」との意見が出ています。適用時期が後ろにずれる可能性は残っています。

実務ではこう見ています

この改正でいちばん重いのは、評価方法の中身ではなく、過去に打った手の効果が失われかねない点だと私は見ています。制度の議論に目が行きがちですが、実務家として気がかりなのは、すでに動いた方の足元が崩れることのほうです。

判断の分かれ目は明快で、株式が承継予定者に移っているかどうかに尽きます。移転まで済んでいる方は心配いりません。評価を下げただけで株式がご自身のお手元にある方は、改正後の評価額で課税されますから、対策の組み直しが必要になると考えられます。

HD化についても、慌てて解消する必要はありません。ご自身のHD化が「評価圧縮のため」だったのか「経営のため」だったのか、まず目的を整理することが先です。後者の機能はこの改正で失われません。

時間軸についてひと言。令和10年1月からとの報道どおりなら猶予は短い一方、算式も還元率も出ていない段階で、不可逆な組織再編や贈与を急ぐのはかえってリスクが高いと考えています。いま進めて無駄にならないのは、簿価純資産と時価純資産の差の把握、過去数期の非経常的な損益の整理、株式移転の進捗確認の3つです。動向を注視しつつ、動くべきときにすぐ動ける準備を整えておくことをおすすめします。

まとめ

  • 会社規模の区分を廃止し、簿価純資産+収益力の残余利益方式へ一本化する方向です
  • 株式を移転済みなら影響なし。評価を下げただけなら、対策のやり直しが必要になる可能性があります
  • HDによる評価圧縮はかなりの部分が機能しなくなる見込みです。HD化の経営上の機能は残ります
  • 影響の向きは会社によって逆です。まず自社がどちらかを把握してください
  • 算式・還元率・適用時期はいずれも未確定です。続報が出次第、本記事を更新します

一次資料は国税庁ウェブサイトで公開されています。第5回配布資料(PDF)第4回議事要旨(PDF)でご覧いただけます。

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