結論:何もしなければ「仕入の消費税を自腹で払う」のと同じ
食品小売・農家・直売・食品製造・食品ECなど、飲食料品を「売る側」の事業者への結論は三つです。
- **令和9年4月1日から令和11年3月31日まで、売上の消費税は1%、仕入(肥料・包材・光熱費・設備など)は10%のままです。**本則課税なら、仕入の消費税が売上の消費税を上回り、還付になる事業者が多く出ます。
- **免税事業者・簡易課税事業者のままだと、この還付は受けられません。**課税を選択せず、値上げもしなければ、仕入で払った消費税を自腹で負担し続けることになります。実質的には消費税分の値引きです。
- 本則課税に移る届出には特例が設けられ、令和9年4月1日を含む課税期間の末日までに出せば、その期間の初めから本則に移れます。ただし2年間は元に戻せない縛りがあり、設備投資をすれば3年に延びます。どちらが得かは仕入構成・設備投資予定・売上規模で変わるため、実際の数字でシミュレーションしてから決める必要があります。
なお本記事は、令和8年9月15日に決定された「飲食料品消費税率の臨時的な引下げ及び就業者負担軽減支援金の導入に関する大綱」に基づいています。法案は今後国会に提出される予定で、現時点では未成立です。
何が決まったのか(大綱の要点)
令和8年9月15日、自由民主党と日本維新の会が大綱を決定し、同日閣議決定されました。売る側に関係する要点は次のとおりです。
- 対象期間:令和9年4月1日から令和11年3月31日までの2年間とされています。
- 税率:飲食料品の譲渡について消費税率0.78%(地方消費税と合わせて1%)とされています。
- 対象範囲:現行の軽減税率(8%)の対象と同じ飲食料品です。酒類は10%のまま、週2回以上発行の新聞は8%のままです。
- 適用の判定:令和9年4月1日以後に行った譲渡から1%です。3月31日までに仕入れた商品を4月以後に売る場合、売上は1%、その仕入は8%のままです。
- インボイスの記載:「適用税率」欄に1%、「消費税額等」欄に1%で計算した金額を記載します。「軽減税率対象品目である旨」の記載はそのままで差し支えないとされています。
国税庁は特設サイトとQ&Aを公開しています。いずれも「法案が可決・成立した場合のもの」と明記されています。
数字で見る:本則課税と簡易課税で70万円の差
本体3,000万円(税込3,240万円)の食品を売り、本体1,000万円(税込1,100万円、税率10%)の仕入がある事業者で比べます。
| 項目 | 現行 8% | 引下げ後 本則課税 | 引下げ後 簡易課税 |
|---|---|---|---|
| 売上税額 | 240万円 | 30万円 | 30万円 |
| 控除する仕入税額 | 100万円 | 100万円 | 30万円(第2種、特例で売上税額と同額) |
| 納税額(−は還付) | 140万円 | −70万円(還付) | 0円 |
本則課税なら、仕入の消費税100万円が売上の消費税30万円を上回り、70万円が還付されます。
簡易課税では、大綱の特例により、1%対象の売上に対応する仕入税額を売上税額と同額とする扱いになります。その結果、1%売上部分の納税はゼロになります。ただしゼロで止まるだけで、仕入で払った100万円は取り戻せません。本則課税との差は70万円です。
免税事業者はそもそも申告をしないので、仕入の消費税100万円はすべて自己負担です。税込価格を8%から1%に下げれば下げた分がそのまま減収になり、据え置けば取引先や消費者から見て実質値上げになります。
本則課税に移るための届出特例
通常、課税事業者の選択や簡易課税の取りやめは、その課税期間が始まる前に届出を出す必要があります。大綱では、飲食料品の譲渡を行う事業者について次の特例が設けられるとされています。
- 免税→課税:令和9年4月1日の属する課税期間の末日までに「課税事業者選択届出書」を提出すれば、その課税期間の初日の前日に提出したものとみなされます。国税庁Q&Aでは、届出書の「参考事項」欄に「飲食料品特例」と記載するよう案内されています。
- 簡易→本則:同様に、令和9年4月1日の属する課税期間の末日までに「簡易課税制度選択不適用届出書」を提出すれば、その課税期間から本則課税になります。簡易課税を選んでから2年経っていない場合の継続適用要件(いわゆる2年縛り)は、この課税期間には適用されないとされています。
注意点は、課税事業者を選択するとその課税期間の初日から課税事業者になることです。個人事業者や12月決算法人なら、令和9年1月から3月の売上(8%)も申告対象になります。
例外・注意点
2年縛りと3年縛り 課税事業者を選択すると、原則として2年間は免税に戻れません。さらに国税庁Q&Aでは、その間に調整対象固定資産(税抜100万円以上)や高額特定資産(税抜1,000万円以上)を取得すると、免税や簡易課税に戻れない期間が3年に延びるとされています。引下げは2年で終わります。還付を受けた後、令和11年4月に8%へ戻ったときに納税が復活する点まで含めて設計する必要があります。
経過措置:8%のまま売らなければならない取引がある 令和9年1月1日前に締結した定期供給契約で4月1日前に対価を受け取っている部分、および通信販売で1月1日前に販売条件を提示し4月1日前に申込みを受けたものは、4月以後の譲渡でも8%のままとされています。これは選択制ではなく、要件に該当すると8%が適用されます。1%を前提にした契約変更や条件の提示をすれば1%になります。定期便やカタログ通販を行う事業者は、年内に契約や販売条件を見直しておく必要があります。
中間申告が過大になる 中間申告の納付額は前年の税額をもとに計算されるため、売上税額が減る売る側では過大になります。大綱では、直前の課税期間に1%が適用されていたものとして再計算した金額(ゼロも可)で仮決算による中間申告ができるとされています。ただし国税庁Q&Aによれば期限後の提出は認められず、期限を過ぎると前年ベースの金額が確定します。
総額表示の猶予 税込価格の表示義務は続きます。ただし夜間の値札貼替が間に合わない、パッケージに価格が印字されているなど直ちに対応が困難な事情があり、誤認防止の措置を講じた場合に限り、令和9年4月1日から5月31日までは8%の税込価格を表示できるとされています。税抜のみや「+税」の表示は引き続き認められません。
農林漁業者への給付 大綱では、本則課税への移行が困難な簡易課税・免税の農林漁業者について、個別の売上高を踏まえた金額を給付する仕組みを導入するとされています。また本則課税に移る際の税理士費用等の支援も予定されています。ただし内容・金額は予算編成過程で具体化するとされており、現時点では未確定です。
実務ではこう見ています
課税を選択して本則課税に移るべきか。この問いに一律の答えはありません。仕入構成、設備投資の予定、売上規模によって、還付の大きさも縛りの重さも変わります。詳細にシミュレーションしなければ、メリットの程度は分からないというのが率直なところです。
ただ一つ、はっきりしていることがあります。課税を選択せず、値上げもしなければ、仕入で払った消費税を自分で負担し続けることになる。それは消費税分を値引きしているのと同じです。免税事業者だけでなく、簡易課税の事業者も同じ構造にあります。
「何もしない」は選択の一つですが、その代償を数字で把握したうえでの選択であるべきです。実際の売上・仕入・投資計画の数字を持って専門家に相談し、令和9年4月より前に方針を決めておくことが望まれます。
まとめ
- 令和9年4月1日から令和11年3月31日まで、飲食料品の売上は1%、仕入は10%のままです(大綱段階、法案は未成立)。
- 本則課税なら仕入の消費税が売上の消費税を上回り、還付になる事業者が多く出ます。
- 免税・簡易課税のままだと還付は受けられず、仕入の消費税を自己負担し続けます。値上げしなければ実質値引きです。
- 本則課税への届出には特例がありますが、2年・3年の縛りと事務コストがあります。
- 定期便・通販の経過措置、中間申告、総額表示の猶予にも期限があります。
食材を仕入れて外食を提供する飲食店側の影響(納税増と実質原価増)は、別記事「飲食料品の消費税1%で、飲食店は「損しない」のか」で解説しています。
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