結論:内部留保は「貯金」ではなく、課税の器としても筋が悪い
「企業は内部留保を600兆円も溜め込んでいる。課税して吐き出させろ」。この主張は、選挙のたびに繰り返されます。
ここははっきりさせておきたいのですが、内部留保(利益剰余金)は貸借対照表の右側、「お金の出どころ」を示す数字です。左側では設備・在庫・売掛金・株式に姿を変えており、金庫に現金として眠っているわけではありません。2024年度の利益剰余金637兆円に対して、現金・預金は271兆円。一方で借入金は約630兆円あります(財務省・法人企業統計)。
そして、社内に利益を溜めた同族会社に追加課税する制度は、すでに法人税法67条(留保金課税)として存在します。対象は資本金1億円超の特定同族会社に限られ、課税されるのは「その年に新たに留保した金額」です。過去の蓄積に課税する制度ではありません。
「内部留保」という言葉が、そもそも会計用語ではない
内部留保は、会計基準に定義のある勘定科目ではありません。一般には貸借対照表・純資産の部の「利益剰余金」を指します。
利益剰余金とは、会社が毎年出した税引後の利益から配当を差し引いた残りを、創業以来ずっと積み上げた数字です。つまり「これまでに稼いで、法人税を払い、株主に配らなかった分の合計」です。どこに何の形で存在するかは、この数字からは分かりません。
名称のあいまいさが誤解を生んでいます。「留保」という言葉から、多くの人が定期預金のようなものを想像します。しかし会社には運転資金が要ります。次の設備投資のための積み立ても要ります。利益剰余金の多くは、そうした形で事業の中にすでに使われています。
数字で見る:2024年度の日本企業
財務省の法人企業統計(年次別調査・令和6年度、金融・保険業を除く全産業)の数字を並べます。
- 利益剰余金:637兆5,316億円(前年度比+6.1%)
- 現金・預金:271兆1,134億円
- 借入金:長期411兆1,401億円、短期219兆1,739億円(合計約630兆円)
- 設備投資:55兆5,159億円(ソフトウェア含む。2001年度以降で最高)
- 配当金:40兆747億円(当期純利益89兆6,453億円の44.7%)
利益剰余金637兆円のうち、現金・預金の形で持っているのは4割強にすぎません。借入金は利益剰余金とほぼ同額あります。設備投資は統計上で最高水準、配当も純利益の4割超です。「投資も配当もせずに溜めている」という前提は、少なくとも全体の数字とは合いません。
内部留保課税の3つの無理
1. 二重課税になる
利益剰余金は、法人税を納めた後の利益の積み重ねです。ここに課税することは、一度課税した所得にもう一度課税することにほかなりません。二重課税そのものです。
2. 投資している企業ほど打撃を受ける
利益剰余金が大きくても、それが工場や機械に姿を変えている会社には、納税に充てる現金がありません。課税されれば、資産を売るか、借入をして税金を払うことになります。
積極的に投資している企業ほど、この構図になります。とりわけ製造業では、事業の継続そのものが根本から揺らぎかねません。溜め込んでいる企業への制裁のつもりが、実際には投資している企業への打撃になります。
3. 課税ベースの定義が定まらない
「内部留保」という言葉自体が会計用語でないため、何に課税するのかが定まりません。実際、報道や政党の資料で使われる「内部留保◯◯兆円」も、金融業を含むか、引当金を含むか、どの資本金階層かによって数字が異なります。財務省の法人企業統計でさえ、ストックとしての「利益剰余金」と、資金調達フローとしての「内部留保」(利益留保+引当金等の増減額)を別の定義で使っています。
個人に置き換えると分かりやすくなります。老後のために投資や貯金で資産を積み上げているところに、その残高へ毎年課税されたらどうなるか。生活は成り立ちません。企業も同じです。
すでにある「留保金課税」との違い
「それならもうある」と言えるのが留保金課税です。ただし中身はまったく違います。
留保金課税とは何か
法人税法67条は、特定同族会社の各事業年度の留保金額が留保控除額を超える場合、その超える部分に通常の法人税とは別の税率で法人税を課すと定めています(特定同族会社の特別税率)。
- 対象法人:1人の株主とその親族等(1株主グループ)で発行済株式の50%超を保有する会社(被支配会社)。ただし資本金1億円以下の法人は原則として除外されます
- 課税対象:当期の所得等のうち留保した金額から、法人税・地方法人税・住民税相当額を差し引いた金額
- 留保控除額:①所得等の金額の40%、②年2,000万円、③資本金の25%から利益積立金を引いた額、のうち最も大きい金額
- 税率:留保控除額を超える部分について、年3,000万円以下10%、3,000万円超1億円以下15%、1億円超20%
(令和8年8月12日施行時点の条文による)
なぜ「同族会社」で「資本金1億円超」なのか
制度の趣旨は、会計検査院の令和元年度決算検査報告に、財務省からの聴取に基づいて明記されています。趣旨は2つです。
第一に、支配者が少数に占められている会社では、配当するかどうかが法人の意のままになります。すると個人株主に本来かかるはずの累進税率の所得税が機能しません。留保金課税はその代替措置です。第二に、所得税と法人税の税率に差がある中で、個人事業として営む者との税負担のバランスを取る必要があります。
つまり留保金課税は「内部留保を減らす税」ではありません。法人という箱を使って所得税を繰り延べる行為を防ぐ税です。上場企業のように株主が配当を求める会社では、そもそも「意のまま」の留保はできません。だから対象にする理由がない。この一点で、内部留保課税論とは出発点が異なります。
資本金1億円以下を除外したのは平成19年度改正です。財務省の説明は「中小企業は一般的に財務基盤が脆弱で外部からの資金調達が難しい」、だから内部留保による自己資本の充実を税で妨げない、というものです。昭和29年の創設時は全ての同族会社が対象でしたが、平成18年度改正で判定が「1株主グループ」に絞られ、平成22年度改正で大法人の完全子会社は資本金にかかわらず対象に戻されています。
中小企業経営者が押さえておきたい注意点
資本金1億円以下の会社であれば、利益剰余金がどれだけ厚くても、留保金課税を心配する必要は原則としてありません。ただし例外があります。
- 資本金を1億円超に増資した場合、留保金課税の対象に入る可能性があります。同時に外形標準課税や中小企業向けの各種特例も失うため、信用力向上を目的とした増資は税負担の面から慎重に検討するのが一般的です
- 資本金5億円以上の大法人の完全子会社になった場合は、資本金1億円以下でも対象になります。M&Aでグループ入りする際の確認事項です
- 受取配当等の益金不算入や繰越欠損金の損金算入がある年は、所得がゼロでも留保金額が生じることがあります
- 決算確定日までに決議した期末配当は、基準日の属する事業年度の留保額から控除できます(法人税法67条4項)
なお、会計検査院は令和元年度の検査で、資本金1億円以下の被支配会社16,845法人のうち411法人が、課税対象法人の平均純資産額(48億3,714万円)と平均自己資本比率(41.5%)をいずれも上回っていたと指摘しています。仮に課税対象とした場合の推計額は370法人で315億円。「資本金1億円」という線引き自体には、公平性の観点から検討の余地があると考えられます。
実務ではこう見ています
内部留保課税論への違和感は、税理士の実務からは3点に集約されます。二重課税であること。投資している企業への打撃になること。そして、名称のあいまいさが誤解を招いていることです。
とりわけ3点目は根が深いといえます。「留保」という言葉の響きから、定期預金に何百兆円も眠っているかのようなイメージが独り歩きしています。実際には運転資金として回り、次の投資のために積み立てられ、機械や工場に変わっています。
老後資金として積み立てた投資や貯金に毎年課税されたら、生活は成り立ちません。企業の内部留保も同じ構造です。数字の大きさに驚く前に、その数字が何を表しているのかを想像することが求められます。
まとめ
- 内部留保(利益剰余金)は貸借対照表の右側の数字であり、現金ではありません。2024年度は利益剰余金637兆円に対し現金・預金271兆円、借入金約630兆円です
- 内部留保課税は、二重課税であり、投資している企業ほど打撃を受け、課税ベースの定義も定まりません
- 留保金課税(法人税法67条)はすでに存在しますが、対象は資本金1億円超の特定同族会社、課税対象は当期の留保額に限られます。目的は所得税回避の防止であり、内部留保課税論とは別物です
- 資本金1億円以下の会社は原則対象外ですが、増資や大法人の完全子会社化で対象になります
当事務所では、利益剰余金が厚くなってきた会社の利益計画、配当と役員給与の設計、資本政策(増資・減資)の税務面のご相談を承っています。気になる点がございましたら、お気軽にお問い合わせください。